幻冬舎版/よみがえる大野・日本語タミル語接触言語説の展開 (含・正誤表)

幻冬舎版/よみがえる大野・日本語タミル語接触言語説の正誤表

大野反論に耳目をふさいだ言語学者 最終回

この反論はしかし,山下博司博士には通用しなかったようである.山下氏はいう.


(大野)氏の議論は少なくともタミル語に関する限り,数多の問題に満ち,時に学問的な公正さ・客観性を疑わせるような記述の方法がとられている.単語の本質的な語義を析出する代わりに,日本語の知識からする先入観や思い入れをもってタミルの対応語を選別し,その単語から一部の語義のみを抽出・強調する.枝葉末節的と見なされ得る語義であるにも拘わらず,あたかも基本義であるかのように提示されることも稀ではない.


その言語,その単語の全体像を見ようとしていないのである.DEDRやTLを 引用する場合も,時に編者たちの意図が等閑視されたり,引用するに当たって何らかの操作ないし工作が加えられる場合も散見する.書き換えなどが,何の断りも無しに行なわれていることも多い.(中略)一般読者はよほど注意深く読まぬ限り,容易にあざむかれてしまうであろう.(下略)



実際,上記リポジトリ(引用者注・・・≒データベース)の抄録にも,言語学者,長田俊樹博士は既述のように「大野はDEDRに載っていない意味によって単語を比較している」などと書かれている.しかし,DEDRは11万語収録されるTLから約3600語のタミル語を取り入れたものであることを言語学者の長田氏ならご存じであろう.


これはTLの5%にも満たない語彙数であることくらい,大野批判シムポジウムの構成員である長田氏が知らないとも思えない.それを「DEDRに載っていない幽霊語で単語比較」をしているがごとき論法で大野批判をするというのは実際信じがたいことである.このことを知らない読み手が長田俊樹博士の主張を読んだら,大野氏はインチキをしているという印象を抱くに違いない.つまり,長田氏はそういうごく基本的なことすら知らない風で,大野批判を展開しているのだが,学者の良心として,沈黙せずに訂正表明程度のことは本来公開すべきであろう.


2000年に大野氏が,「形成」において日本語タミル語同系説から日本語接触言語説に転じられたのは正しい選択であった.だが,日本語の起源を論じる各教授らは,まるで申し合わせたかのように,22年後の今現在でも,この大野「形成」の存在を一切認めないのである.自著に引用すらしない.


あたかも,そのような書籍はなかったとでもいうかのようにである.その証拠は大野「形成」発刊以降の各言語学者の研究書末尾参照文献を見ればわかる.「同系説」に基づく大野氏の過去の書籍は掲載しているのだが,接触言語説に改説した後の大野「形成」はまったく掲載されていないのである.非常にわかりやすい遇(あしら)いである.とはいえ,大野説の批判は文中でしっかりと行なっている.むろん,それは前・大野説に対する非難であり,新・大野説に関してはまったく触れようともしないのである.